「特別」を増やすのではなく、「通常」「普通」の幅を広げたい。

あけましておめでとうございます。

2015年の目標は「はっきり言う」。
私は今までインクルーシブ教育について話すとき、「⚪︎⚪︎するべきだ」といった言葉の使用を避けてきた。
が、今年ははっきり言っていこうと思います。今年で三十路だし。


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私は基本的に、誰もが地域の学校に通えるべきという立場。
障害種別で場所を勝手に決められるのはおかしい。
障害者権利条約に批准をしたからには、地域の学校に通うことを原則とするべきだ。

もちろん、地域の学校に通っても適切な支援が受けられる体制作りは当然。
何度も言っているけれど、インクルーシブ教育は適切な支援が地域の学校で受けられることが前提となっている。
支援体制が整わない・整っていないままただ地域の学校に入れるのはただの「ダンピング(放り込み)」。これを「インクルーシブ教育」なんていわないでほしい。

つまり、就学相談の時点で「地域の学校」を本人・保護者が望む場合、それだけの支援体制を地域の学校で整えることをマストにするべき。

ただし、私はいわゆる特別支援学校における「分離教育」を悪とは思っていないし、廃止すべきとも思っていない。
地域の学校の体制が整っている状態をつくった上で、選択肢として特別支援学校を選べるようにしたい。
「通常学級がだめだから特別」は無くしたい。ポジティブに選べるようにしたい。


何度も言っているけれど、そのためには、まず通常教育が画一的なものから、多様な子どもがいることを前提としたものに変わる必要がある。
これは私が言わなくても、今後教育方法はおそらく多様化するし、個人差をもっと当然とした教育になるだろうと。アクティブラーニングやバカロレアの導入、ICTもそれを手助けする。
これが実現すると、おそらく今まで「特別支援対象」と言われていた子で支援がいらなくなる子もいるだろう。
もちろんこれだけではダメだけど、まずはここ。


さらに、私は特別支援教育の教員免許は廃止していいのではと思っている。
今はいわゆる「基礎免」と言われる小学校・中学校・高校いずれかの教員免許がある上にさらに特別支援の免許をとる仕組み。(私も持ってる)

この特別支援の免許があることによって、「特別支援対象の子は免許をもっている人しか専門的に指導できない」といった考え方に陥ってしまう。
この考え方はインクルーシブ教育の考え方と相反する。

「特別な子どもには特別な指導を特別な人が」といった考え方ではなく、通常の教員養成の段階で、多様な子どもたちがいることを想定した教師教育をすべき。
その中に伝統的な特別支援教育のノウハウを組み込めば良い。

あとは各学校に教員とは異なる立場の「専門家」がいたら良い。
ST/OT/PTだったり臨床心理士だったり。行動分析のスペシャリストだったり。
この人たちはあくまでも先生を「サポート」する立場。
あくまでも子どもの学びに責任を持つのは教員。

実際に現状で特別支援の免許を持っている先生は特別支援学校でも7割。支援学級で3割。通級はもっと少ないだろう。
そしてなぜかまだ特別支援学級や特別支援学校に配属されると特別な「手当」が支給される。
通常学級でも特別支援教育をすべきと言われている時代なのに、おかしい話。


私は、「特別」をたくさん増やすのではなくて、「通常」「普通」の幅をもっと広げたい。


今年は、そんな「幅を広げる」ための活動をたくさんしたい。ここに力を注ぎたい。
先生方が実践知を言語化して蓄積できるようなネットワークづくりや、
多様なニーズに対応できるようになるための、幅を広げ続けられるための教師教育プログラムの作成。
一緒にやりたい人募集中!

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